当教会の正式名称は「宗教法人 日本聖公会横浜教区 清里聖アンデレ教会」といいます。

「聖公会」とは

英国教会から拡がった世界規模の教派-Anglican Communion-の日本国内での呼び名です。英語圏ではAnglican Churchと呼ばれることが多いですが、おおまかに国単位で管区を形成し、それぞれの管区の正式名称は、例えばイギリスではThe Church of England(英国教会)、アメリカではThe Episcopal Church(監督教会)、そして日本では日本聖公会(The Nippon Sei Ko Kai)と、独自に名乗ります。言葉の意味で「聖公会」を冠する教会は日本聖公会と大韓聖公会香港聖公会だけということになりますが、Anglican Communionに連なる教会は165か国(2021年現在)に拡がっています。 

英国教会は宗教改革時代に生まれた教会ですが、英国での改革は初代教会からの聖職位や聖奠(サクラメント)については継承しました。聖職位は主教・司祭・執事(日本のローマ・カトリック教会では司教・司祭・助祭)が、聖奠は主イエス・キリストが自らお立てになりすべての人が招かれる「洗礼」「聖餐」、聖霊の導きによって立てられ必要に応じ招かれる(聖奠的諸式とも呼ばれる)「堅信(信徒按手)」「聖職按手」「聖婚」「個人懺悔」「病人の按手および塗油」の7つを信仰の柱としています。 

日本国内では英・米・カナダ各国経由で伝道が行われ、やがて国内に11の教区(北海道、東北、北関東、東京、横浜、中部、京都、大阪、神戸、九州、沖縄)と、とりまとめる管区として日本聖公会が組織されました。各教区には管轄者の教区主教がおり、全世界のどの教区主教も対等な権威に立ちます。この点が教皇を首長とするローマ・カトリック教会とは異なり、Anglican Churchの特徴のひとつであると言えましょう。
日本では法人格も各教区が有し(個教会法人もわずかにあります)、日本聖公会はそれらの包括法人となっています。

当教会の歴史

ポール・ラッシュ博士を中心とした聖徒アンデレ同胞会(BSA)による清里農村センター(現在のKEEP協会)の構想と共に、1946年(昭和21年)、清泉寮のキャビンのひとつを仮礼拝堂として伝道が始められました。清里農村センターの玄関口となる場所に教会建立が計画され、1947年(昭和22年)11月30日(使徒聖アンデレ日)に定礎式、1948年(昭和23年)5月に南東京教区(当時)の教会として設立認可、同6月13日に献堂式がささげられました。
至聖所は川俣渓谷から運び上げられた石で組み上げられ、木造の会堂の会衆席には畳と障子が用いられています。聖鐘にはアメリカ大陸横断鉄道の機関車の鐘が使われています。
八ヶ岳山麓の、冬は寒く、夏は涼しい、標高約1300mに位置しています。信徒数約200人の小さな教会ですが、春から秋にかけては学校団体など多くの来会・来堂者があります。

当教会は神奈川・千葉・静岡・山梨の4県を管轄する横浜教区の教会です。山梨県内には当教会のほかに長坂聖マリヤ教会甲府聖オーガスチン教会があります。

どうぞおいでください

清里の地に暮らす皆さんはもちろん、この地を訪れる方々も心より歓迎いたします。近隣の皆さんはどうぞいつでもおいでください。そして遠方よりご来訪の方々は、おいでになった後にはお住まいの最寄りの教会もお訪ねになることをお勧めします。場所や建物の様式は違えど、そこでも同じ聖書・祈祷書・聖歌集を用い、同じ主イエス・キリストへの感謝と讃美がささげられていることを体験していただければ幸いです。

司祭の職位に叙任され教区主教より牧師の務めを受けた者が定住・勤務しています。
洗礼や結婚式について、また聖書や祈祷書に基づく学びの時間をご希望の方は、どうぞおたずねください。
信徒でない方の結婚式、葬儀のご相談等も承ります。

 

(随時更新予定)